その少年は暗い暗い押し入れの中にいた
手は凍えて冷たさを超えて痛かった
足の先から頭のてっぺんまで
寒くて寒くてたまらなかった
体の寒さより
孤独であるという寒さが
何よりも少年を凍えさせた
心の凍えが
真っ暗な押し入れの中の恐れを
強くして
どうにかなりそうだった
何がきっかけで叱られたのか
その記憶すらなく
ただただ心のない鬼になった母親が少年を押し込めるときの無言と
その後の沈黙の長さが
考えるという余地を失うほどの緊張感をせき立てた
少年に逃げ道はなかった
寒すぎて
お腹もすいて
恐怖が強すぎて
声を出すことすら出来なかった
昼だったのが
そろそろ夜になったんだろうと感じられる頃
彼はうとうとと眠っていた
彼を救うものは何もなかった
目に見えるもの
耳に聞こえるもの
外側に彼を救うものは
何一つなかった
救いようのない少年の内側に
なんとも言えない
あたたかい光が
ひろがっていった
言葉のない
光
誰かでもなかった
なにかでもなかった
だけど
そこには安心しかなくて
安心という言葉すら浮かばないような
懐かしい光があった
彼は母親に愛されないという体験を通して
自分の内側に
不動の愛を見つけることが出来た
だから彼は
たった1人で愛を見つけ出すことが出来るようになった
誰かから受け取るから返すのでもなく
誰かの為に何かの為に与える愛でもない
対象も
方向性もない
無限の愛を溢れさせる方法を知った
彼がその心の場所を見つけたとき
たいていのことはうまくいくんだと分かった
そうして外側に良い結果を残すと母親はとても喜んだ
母親が喜ぶ顔を見て
良い結果を残すと愛してもらえるんだと彼は想った
ああ僕は大丈夫なんだと
少年は想った
それから少年は
出来るだけ「結果」を残すようになった
他の誰にも負けないような結果を残すことで
僕という生命が
僕という価値が
許されるんだと
想った
うまくいかない僕は
見せられない
絶対に
またあの真っ暗な場所に入れられてしまう
愛されなくなってしまう
そんな高い緊張感の中で
彼は生き続けた
そんな少年も大人になり
彼は大成した
多くの人の尊敬を集めた彼は
いわゆる「成功者」となった
そんな彼のところに
一通の手紙が届いた
その日は彼の誕生日だった
手紙はとても古かった
消印は35年前?
僕が産まれた年
封を開けると
「あなたはありのままですべてを愛されています。
あなたが弱くても愛されている
あなたが誰かを傷つけても愛されている
あなたが誰かを泣かせても愛されている
あなたが悪くても愛されている
どんなあなたも愛されている
どんなあなたも
どんな姿でも
あなたは最高に魅力的なあなたです
あなたは本当にありのままで愛されている」
祖母からの手紙だった
ほとんどおばあちゃんに育ててもらった彼の祖母からの手紙
彼は
すべてのちからが抜けて
怖くてずっと握りしめていた手を
怖くてずっと緊張していた肩を
怖くてずっと緊張していた全身を緩めた
彼を無条件の愛が包んだ
優しい音が流れてきた
太陽のあたたかい光が
頭からつま先まで流れていった
音もなく静かに
彼は眠った
深く眠った
安心した
本当に初めて安心した
何度も殴られてきた頭の痛みが
蘇って
ひとつひとつが
光となって消えていった
そして
気付いた
母親がくれたもの
それは
外側に影響されずに無限の愛を見いだせるちからを宿してくれたこと
彼女が
酷い母親だったからこそ
愛を自分で練り上げることが出来るようになったんだと
気付いた
この世界の
何も怖がらなくていいんだ
そして彼は
恐れのない世界へと移行することに成功した
たった1人で
恐れが幻想であるという事を見破ることに成功した!
恐れのない世界
涅槃の境地へと
辿り着いた
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