物じゃないなにか手放すってどういう状態ですか?

 

というご質問をいくつかいただきました

 

 

 

 

ブッタ的回答をば…

 

手放している人

 

手放している人は未来を判断をしない

 

未来を判断していません。

こうあろう、どういう道筋を辿ろう。

こういう保証が欲しい。

こうなったら怖い。

などなどの判断をせず、ゆだねています。

 

手放している人は求めない

 

手放している人は

未来に求めません

人に求めません

求めることをやめ

安らかな境地にあります

 

手放している人は良し悪しの判断をしない

 

手放している人は

判断をしません

手なましている人は

決めつけや思い込みから完全に自由です。

それが良いことなのか、悪いことなのかという応えの次元にはおらず

すべてが良いことのために起きているという価値観にあり

今だけで判断をせず

未来をコントロールしようともしません。

ゆえに

手放している人は

過去→現在→未来という時間軸からをも解放されています。

 

手放している人は執着していない

 

当然ですが、手放している=執着の心を手放すことです。

一方的な欲求から解放され

一方的な期待から解放されています。

 

手放している人は現実をまっすぐ見ている

 

手放している人は

妄想にとらわれません。

世の中の常識

価値観

そういったものから自由になります。

ゆえに頭の中に浮かんでは消えていくマインドから自由となり

ただ今ここにある現実を

淡々と見ていくことが出来ます。

 

手放している人は相手の反応に動じない

 

 

手放している人は

相手の反応は相手のものであるという感覚にありますので

その相手のものである反応に対して

動じることはありません

 

 

手放している人は過去にとらわれない

 

手放している人は2秒前は過去とし

今日の相手は新しい相手だとして

目の前の人から神性を見いだすことができます

 

 

手放している人は感謝に溢れている

 

手放している人は

ネガティブ要素が少ないので

いつもポジティブな面が目に入ってきます

だから

いつも感謝が自然と溢れ出していきます

この命の尊さを

自然と観じることができています

 

手放している人は追いかけない

 

手放している人は

確かめようのないことを追いかけません

役に立つ事だけを

確かなものとして扱います

 

手放している人は過去の記憶に反応しない

 

手放している人は

過去の記憶に心を反応することはありません

手放しているからです

 

手放している人は「わたし」という想いから解放されている

 

究極

手放せないのは「わたし」というものがあるからです

 

自我です

 

一方

 

真我

タオ=空洞=ただの道

 

は失いません。

 

わたしをなくすことが

 

最終的な手放しとなります。

 

目を閉じてみると

 

そこにあるのは

 

自分の想いだけなのです。

 

その妄想から

 

目を覚ますとき

 

揺るぎない

 

愛が

 

あります

 

 

 

手放そうとしない。エゴをなくそうとしない。

 

 

手放そうとするとかえって、手放せなくなります。

エゴをなくそうとすると、エゴは鮮烈になってしまいます。

 

 

手放したい何かがあるあなたがやるべきこと

 

①自分を観照する

②判断をしない

③未来や人に求めない

④一方的な欲求をやめる

⑤一方的な期待をやめる

⑥相手の反応にふりまわされない

⑦過去をゆるす

⑧不確かなものを追いかけない現実をみる

⑨手放そうとしない、そのままの自分をゆるす

⑩わたしという概念の自分を観照する

⑪過去の記憶に反応せず今を見る

⑫今に感謝を見いだす

 

 

 

 

手放すことと諦めることは違います

 

 

諦めることは他人軸の自分が自分への期待を諦めることです

手放すことは自分軸の自分が外側への期待をやめることです

 

自分への期待はしつづけていい

外側の反応や結果は気にならないくらい

自分への期待は無限にしてよいと想います

そこに他者や外側の結果は必要ないのです。

 

誰かに祝ってもらえなくても

自分が産まれたことを心から自分で自分を祝える人であろう♡

 

 

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