色々な体験がありますよね

 

苦しみ、葛藤、

 

色々なこと

 

それぜんぶ

 

美しい色になることを

 

妹尾は知ってマス

 

セッションを通して

 

それはすごく強く想ったことで

 

本当に良いとか悪いとか

 

マインドが決めてるだけなんだなーってね。

 

 

このブログを書いたら、質問がきたんです。

 

あなたはほんとうに大切にされていますか?

 

【質問】

今朝のブログのような女性が勘違いを起こしてしまうケースとして、 一時的に欲望を満たせる 明らかに実りのない肉体関係を肯定するために、 スピリチュアルの文献の中から肯定出来そうな言葉を探して理論武装する… という有様が、留衣さんのイメージの中に浮かぶのでしょうか?

 

 

【解答】

そのような人も含まれるかもしれませんが、そういった特定的に誰かを責めたり、批判しているわけではありません。

私は今回降ろした「無限の愛」という本が、限りある人が読んだ方がいいというのをとても観じています。

なぜならば、準備の出来ていない人が読んでも、「無限の愛」という「言葉」に羨望し、上下を作り、それに苦悩を産んでしまう可能性があるからです。だから、隠されてきた。

でも、こうして、降ろされたのは、そういった準備が出来た人が増えているからだとは想いますし、宇宙がそういう意識になる人が増えていくことを意図してると想いますが、そうではない人達には、上下や優劣の意識が産まれ、自分を否定する要素になってしまう可能性があります。

その場合、その人は、自分を肯定するために「言い訳」を始めてしまいます。この本を通して、世界の愛の広さや、これから令和という時代を超えていく私たちが、もっと大きな意識へと届こうとしていることをほんの少しでも観じてもらうことで、

目の前の困難からも光を見いだして欲しいと想いますが、目の前の闇を直視しないための言い訳にして欲しくないと切に願います。

スピリチュアルはしばしば現実逃避に活用されます。

 

それは真実ではないと妹尾は想っています。

ありのままを直視し、その中から光を見いだす。

闇から逃げるのではなく、闇の中に、恐れの中に入りきり、同化し、苦しみ、哀しみ、怒り、それを光に変えられる力が人間にはあります。

神には出来ないことを人がしている。

神は闇には入れない。神は善にも悪にもなることは出来ない。1元だもの。

2元の在る私たちだからこそ、出来ることがあるんです。

 

自分の現状を「ありのままに直視すること」は非常に大事で、マインドで言い訳しないことは私に対して課していることでもあります。

それは、悪を善にしようとせず、闇を光にしようとせず、ただそのままにすることでもありますし、

同時に、

自分の中に闇に対する嫌悪を観じるなら、内側で光を選び、愛のための行動をすることでもあります。

2元性を超えることで悪を肯定するのではなく、悪でも善でもない境地に至ることであり、

 

その境地であれば、

この3次元の世界では、愛を選ぶ行動を起こすことに繋がるはずだと私は想います!!!!!!

 

 

 

妹尾も神じゃないから分からないんだけどさ

単純にさ

「二元性超えたから、罪を犯してます」

なんて宇宙の真理なくない??笑

 

 

 

悪でも善でもない境地、一元的な境地において

悪を選ぶだろうか?愛を選ぶだろうか?

どっちも選ばない境地の人が

すべてが自分だとして、誰かを傷つけるような行動をするだろうか?

 

サイコパパスと呼ばれる良心がない障がい者もある意味で二元を超えている

殺人を犯すようなサイコパスが二元性を超えているとして

それが宇宙の真理だと想いますか???

 

 

2元性を超えるために人を傷つけたり、傷つけられたりを体験するだろうけど、

そういうドラマがあるうちは、

内側に二元性があるから、外側に二元性が顕われるんであって

本当に内側に二元性を終えたら、外側って一元的なわけじゃない?無ですよね。

 

 

だけど、ぜんぶ自分だから、二元性って終わることあり得ない。

全人類が二元を脱するまでは、終わらない。繋がってるもん。

だけど、多くの二元性を終えてる人は、すべてが自分だと想うから、世界のために生きてしまうと想うのだよね。自分傷つけるなんて真理ありえないもの。自分は他人だしね。

 

二元性超えるために、悪も罪も犯すと想う。

だけど、それはべつに言い訳していいことでもない。

 

自分が悪者になったり、罪人になる覚悟ないくせに、(嘘ついてまともぶってるくせに)

聖なる出逢いとか言っちゃってる人、どうかしてるなーって想うけど。どう想う??笑

 

わたしは、

外側に起きてることの

話しをしているんじゃない。

 

んとうに

「わたし」

ありのままに

丸裸に生きる覚悟あって

それやってんの?

 

ってことですし

 

んとうに

「わたし」というエゴ

すべて殺す覚悟ありますか?

 

ってことです

 

いっとくけど、

それ

並大抵じゃねーから。

(↑個人的にはここのフォントを72pt最大にしたい。)

 

 

 

この本に書いてあるのは

 

欲望を超えた愛のこと

 

損得のない愛のこと

 

無我無心の愛のこと

 

 

愛を通してすべての二元を超えてすべてを許す尊き慈悲となり、人は神となる。

 

無限の愛

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私は、この物語は「わたし」を超えているって想うくらい

エゴを滅して、わたしを滅して

管にした

完全に神に明け渡した

 

 

愛に生きるって決めてから

それは

外側に向かわなかった

ぜんぶ自分っていう内側の中にある

愛がどれなのかって

真っ暗闇の中

手探りで

「わたし」っていう愛を探し出す

ゲームだった

 

 

 

 

一方で、聖人になるまでに、罪人を体験をしてない人は真の聖人じゃないと想う。

お寺に産まれた人より、やくざあがりとか風俗あがりの聖人の方が深さを観じるよ。どっちも同じなんだろうけど。。選んだだけなんだろうけど。。

善も悪も超えてたらさ、ぜんぶ自分だってわかるんだから、当然、愛の行動になると想うんだよね。

そういうこと。

無限の愛の本はさ、そういう「二元性超えたから、罪を犯してます」って言っちゃいそうな人に読んでもらったらやばいわけ。

言い訳に使うんじゃねーぞと。

だから、封印されてるのかもね。

愛を語ってはならないってそういうことなんだろうって、分かるよ!

だから、私も「愛を語る」という罪を犯してるんだよね。

まあ、宇宙から降ろされたんだから知った事じゃないけどね。笑

罪を犯すことすらも覚悟して出してるから。本気で新しい地球を信じての行動です。

それはその先に、人が幸せになることを信じてるからなんだよね。

だけど、前述の通り、誤解を産んだら、それは大変だなーって、だから、読んで欲しくない人がいるってこと!!です!!

 

 

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