最初に言おう。

 

誰かという外側を信頼するかしないか

という問いは不毛だ。

 

信頼というのを外側にするのは期待であり。

自分の外側にある出来事を

コントロールすること自体が不毛なことだ。

 

 

だからといって、全ての人を不信に想え。

という意味ではない。

 

 

全てのことは「起こる」

 

 

ほんとうの信頼とは、私は何も知らないと深く知った心境のことであり、明け渡しだ。

 

 

人生のドラマの責任のハンドルを「自分」に持っているとき

相手の行動に自分がぶれることは少なくなっていく。

それは、すべての現象が幻想だと知り

意識が創造していることを理解できている人にしか出来ないことだと想う。

 

 

 

もちろん、子供や恋人、夫や妻

愛している人々に

人は少なからず期待をする

 

 

乳幼児は与えてもらうことで命が保たれている

愛も与えてもらうことで

確認することができる

 

 

そんな記憶があるがゆえに

愛する人から

愛を与えてもらうことが幸福だと錯覚していく

 

 

 

やがて

大人になり

愛を与えてもらうことを期待すると

それがうまくいかない体験をする

 

 

このジレンマは私たちにどんなギフトを与えてくれているのだろうか

 

 

私はこう想う

 

 

愛は愛してもらうことでも愛することでもなく

 

ただ在るものだ

 

ということ

 

doの愛からbeの愛へと変わったとき

 

人は他者からの愛を欲する必要がなくなる

 

他者への期待ではなく

 

ただ在る愛として

 

相手と関われるとき

 

信頼していた相手に裏切られたとか、

 

誰を信頼したらいいか分からないという(信頼する人を選ぶ)

 

というドラマを卒業することができる

 

 

どんな人間も、相容れない人も、自分には信じられないような非情なことをしたり、非礼なことをするような人にすら

 

自分の正義を打ち消してくれる相手として

 

それを自分とし

 

ただ在る愛で受け容れることが出来たとき

 

 

裏切られるとか、信頼とかいう言葉を卒業した

 

 

すごく静かな場所へと辿り着ける

 

 

 

 

 

 

そこに相手を求める執着は存在しえない

 

相手の肉体すら必要ない

 

しばしば

 

愛する人を失うドラマが悲劇として描かれるが

 

実は彼らは神からの壮大な愛のギフトを受け取る切符をもらっている人々のように想う

 

 

相手を責めることもない

相手に嫌悪することもない

相手を渇望することもない

ただ在る愛へと

 

 

 

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