末期癌を宣告された女性のセッションをしました

医療によってかなりの改善がされている状態とのことでした

 

しかし

私の感覚ではそうとは言えない感覚がありました

 

こう見えました

「見なければいけないものを見ようとしていない」

 

彼女は

西洋医学を否定している家庭で育ちました

抗がん剤や手術、医療というものを否定し、良い感情を持っていませんでした

 

だから

癌を宣告された5年前に一部切除の手術は拒否し

自然療法に取り組んでいました

食事、ホメオパシー、心理技術などです

 

 

そこでおそらく

「自分は治ると思い込むことが大事」だと

言われたのでしょう

 

彼女は

癌に対して恐怖はもったものの

死には直面しなかったのです

 

癌という診断名を受けても

死に直面し、生を考え直す人

ただ恐怖と恐れを感じる人

悲観する人

色々な反応をします

 

これがおそらく癌のギフトを受け取れるかどうかの分かれ道だと想います

 

多くの病は

必要があって生じています

何かを元に戻そうとしている動き

 

なにを元に戻そうとしているのか

それは人によります

 

多くの困難や挫折も同様です

 

しかし、それは

困難や挫折、病気に直面しなければ

ギフトは見えてこないのです

 

「なかったことにして」「見ないようにしてしまう」ことによって

そのギフトを得られなくなってしまうのです

 

このクライアントさんは

死に直面していながらも

それを見ないようにしていたことにより

癌が教えてくれているギフトを受け取らないままでした

 

抗がん剤を受けながらも医師を批判し、治療方針をことごとく断っていたのです

 

物事には2つの導きがあります

ひとつは

中庸に導くためのもの

偏りのある考えを中庸に導くためのものです

 

西洋医学を否定している彼女は

心底、西洋医学に感謝する出来事を引き寄せています

二元性を脱するために物事は起きていきます

 

そうして二元性を脱した時

中庸の中で起きた導きが真なる導きです

 

ただ在るわたしから導かれた出来事

 

死というものに直面した途端に

泣き

悲観する人がいます

 

 

メメントモリ

 

常に死を想うこと

死を想うことで生を想うこと

 

私は中学生の頃からそうしてきました

だから

目の前に会っている人というのは

その瞬間にしかいない

別れた瞬間には次会えるかどうかは分からないのだと

意識して

人と関わってきました

 

なので、お葬式で悲観する人の意味がわからないのです

死というものは

いつも生の反対側にあるものです

それほどまでに生は儚く

だからこそ鮮烈で美しいのです

 

死という言葉に途端に深刻さを持つのに

この脈々と鼓動を打つ

生には目を向けないのが

眠っている状態です

 

ありがとう=在り難い

在ることはとても、貴重なことだということ

 

 

 

そうであるなら

死だけに特別な感情をもつことはなく

死を想うことで

生への強烈な感謝と

美しさを感じずにはいられないはずなのです

 

 

彼女はようやくそこから目を覚まし

自分を生き始めています

 

 

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