nobody

 

わたしは何者でもない

 

そのことを深く理解していくと

 

ほんとうに

 

自分の名前や役割を忘れていきます

 

もちろん他人の名前も…

 

 

私は

 

物心ついたときから

 

名前はその人そのものではない

 

という感覚を持っていました

 

これはchidanandaというマントラです

 

ムード

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ
わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
マインドではなく
知性ではなく
エゴではなく
意識でもなく、

わたしは
耳ではなく
舌ではなく
鼻ではなく
目ではなく、

わたしは
空間ではなく
大地ではなく
火や風でもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ
わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
プラナではなく
7つの金属(代表的7金属)ではなく
5大要素(自然の5つのエレメントだと思われる)でもなく
話すことではなく
手ではなく
足ではなく
腸でもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
羨みではなく
怒りではなく
渇望でもなく
魅力でもなく

わたしは
横柄さではなく
プライドでもなく
宗教でもなく

富ではなく
愛欲ではなく
解放でもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
美徳ではなく
罪ではなく
喜びではなく
悲しみでもなく

わたしは
マントラではなく
巡礼ではなく
供物ではなく
儀式の火でもなく

わたしは
食物ではなく
食べることではなく
食べる人でもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
死ではなく
疑いではなく
人を差別するものでもない(カースト差別のことだと思われる)

わたしは
父ではなく
母ではなく
誕生ではなく

わたしは
兄弟ではなく
友人でもなく
グルでもなく
大望を抱くものでもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

わたしは
概念を超えたものであり
かたちを超えたものであり

わたしはすべての感覚に遍満するものである

わたしはすべての中に平等を見

解放されたものではなく
囚われたものでもない

わたしは永遠の至福、わたしはシヴァ

 

 

 

最初からその感覚があるので

 

出逢った人の

 

役割

 

 

名前を除いた

 

 

本質のみを見ています

 

 

ですから

 

非常識なことではありますが

 

名前を覚えられないというのは

 

もうずっとそうで

 

 

それが良くないことだと分かっていても

 

 

魂レベルの友人であればあるほどに

 

 

名前というのはいらない感覚が強いのですねww

 

 

 

さらに目上の人とかの年齢

 

上司とかの上下

 

偉い人など

 

 

そういったものに

 

ブロックも壁も存在しないために

 

 

態度がでかいと想われがちです

 

 

実際に態度がでかいのでしょうが

 

 

子供にも

 

きっとダライラマにも

 

同じ態度しかとれないのだろうと思います

 

 

 

意識が高まっていくと

どうしても社会という常識にはそぐわなくなっていきます

ありのままの自分は

社会とはそぐわなくなっていく…

 

それを無理矢理合わせようとした時期もありましたが

 

 

私は

 

ありのままでいようと思いました

 

 

そしてそのバイブレーションが

 

 

人々の無意識に伝染するようにと

 

 

ミスをしてもいい

 

間違ってもいい

 

かっこわるくていい

 

 

常識的でなくてもいい

 

 

そんな自分を全肯定しているうちに

 

 

本当にそのバイブレーションがひろがっていき

 

 

その会社全体が変わっていくという体験をしたことがあります

 

 

 

私は

 

 

常識的な人の前では

 

 

(無意識ですが)非常識にふるまいます

 

 

その人の

 

 

常識的でなければならないという壁をぶちこわすためだったのだなーと

 

あとから気付きます

 

 

そんな感じ

 

 

 

ありのままでいいんです

 

 

すべてが

 

 

それで調和していきます

 

 

 

 

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