インドのキルタンリトリートで偶然集まった世界のキルタニスト達…

 

あれほどのレベルのアーティストが

 

3人集まるってあり得ないギフトでした

 

そういうあり得ないギフトを

 

そのスタジオのど真ん中でききながら

 

アシュラムのグルの方に祝福の花を投げてもらったときに

 

すべてが完璧だったんだって

 

腹の底から感じて

 

涙が止りませんでした

 

私は幼い頃から音楽が好きで

 

スピーカーにかじりついてパッヘルベルのカノンを聞き続けるような女の子で

 

ドッチボールも鬼ごっこも大嫌いで

 

音楽聞いてたい、ピアノ弾いていたい

 

って思うような音楽大好きな子供でした

 

音楽だけは

 

嘘をつけない

 

人間の美しさを語るものだと

 

そう感じていて

 

音大に行くものだと生きていて

 

小学校の音楽に命をかけていて

 

でも両親の都合で経済的な理由でピアノもなくなり

 

音大も行けないという人生を歩みます

 

その後も

 

音楽のセンスのいい男性を選んで付き合って

 

音楽で夢を叶えている男性に想いを寄せては憧れていました

 

 

でも私自身にそれが出来ることはないだろうって

 

意識的ではないですが

 

諦めていました

 

 

それでも

 

よく宇宙から『歌って」って言われていました

 

「わたしが?どうやって?」と質問を返すだけで何か行動を移すことはなかったんです

 

 

去年の夏

 

不思議なおじさんに出逢って

 

そのおじさんに

 

「歌だな」って言われたときに

 

一瞬

 

「そんなしあわせなことがあったら最高だな!」って

 

思ったんですね

 

それがきっと宇宙に届いたんでしょうね!

 

導かれるようにすぐにキルタンの先生に出逢って

 

インドまで辿り着くことができました

 

 

光って見える未来っていうのがあると想います

 

それが自分の願いであればあるほどに

 

「それは無理だよ!」っていう感覚が現れます

 

それは「恐れを超える」という地球での体験をしたいからなんだと想います

 

自分のために

 

自分のために

 

自分を愛していくことを選択した結果

 

私は

 

インドのキルタンリトリートで偶然集まった世界のキルタニスト達…

 

3人集まるってあり得ないギフトを受け取ったのでした

 

そのとき

 

気付いたのは

 

音大でもなかったし

 

J−POPでもなかった

 

ってことなんです

 

「だめだった」

 

「音楽を選べなかった」

 

「音楽で頑張れなかった」

 

のではなくて

 

その最高の幸福を得るために

 

今日この日まで待っていたんだって

 

分かったんですね

 

 

そういうあり得ないギフトを受け取るために

 

ここまで待っていたんだと

 

 

キルタンって音楽の中で最高なものだと思うんです

 

まず

 

「誰が歌う」ってのがない

 

みんなで歌うんです(リードはいますが・・)

 

音痴でもいいし

 

音はずれてもいいし

 

はもってもいいし

 

踊ってもいいし

 

どんなロックより

 

ルールのない

 

ボーダレスで

 

ピースフルな音楽だったんです

 

そのスタジオのど真ん中でききながら

 

アシュラムのグルの方に祝福の花を投げてもらったときに

 

すべてが完璧だったんだって

 

本当に

 

腹の底から感じて

 

涙が止りませんでした

 

 

 

うまくいっていないような現状というのは

 

自分の最高の未来のストーリーの一部で

 

それは

 

宇宙という自分

 

が分かっているですね

 

3次元で自分だと思っている自分というのは

 

ものすごい小さな意識で制限をかけられていますから

 

高次元の自分=宇宙はすべてを知っていて

 

3次元で自分だと思っている自分がイメージしたことを叶えてくれるんです

 

ちなみに自分がイメージしたことを叶えてくれるので

 

願ったことではないのでご注意くださいね!

 

イメージしたものは全て叶います

 

願ったことではなく、イメージしているその全てが

 

鏡のように映り、体験となるだけ…

 

だったら

 

最高の未来を描いたら

 

信頼して手放したらいいんですよね!

 

手放せないのは信頼できていない証拠

 

達成までのストーリーを不安に思ったり

受け取れなかった場合の落胆を不安に思ったり

 

どちらにしろ、高次元の自分=宇宙を信頼していないということです

そちらの方が全体を知っているというのに!

 

 

 

というのは

 

 

自分が選択した結果

 

自分がイメージした世界の結果

 

 

そのタイムラグを使えば

この宇宙は自由自在の自由帳のようです

 

 

 

自分のなりたい世界を描いて

信頼して手放す

 

信頼していない何かがあれば

高次元の宇宙が完璧であることを思い出して

 

 

私たちは

 

宇宙からの祝福をこの地上で体現するための道でしかないですよね

 

宇宙からはいつも祝福しか受けていないし

 

どの選択も許されていて

 

どの選択も良いも悪いもない祝福ですよ!と笑顔で見守られているわけです

 

じゃあ、自分が最も気持ちよい選択のイメージをして

 

それを身にまとったら

 

手放して

 

いまを愛していればいいんですよね!

 

 

冒頭に貼付けた写真はヨガの古典書バガバットギータの有名なシーンだそうです

 

簡単に言ってしまえば

 

神様が

 

「家族のいる敵陣を殺しにいけ!」と言っているシーンですよね

 

 

この意味

 

ひとつは

 

二元を脱して一元の意識に到達しなさいという意味だと想います

 

いいもわるいもないよ

 

もうひとつは

 

家族を超えなさい

血縁を超えなさい

 

ってこと

 

縄文時代までの遺骨には戦争の後がない

頭を矢で打ち抜かれているのは

土地を区切り、所有という概念を持ち始めた時代から

 

だそうです

 

 

血縁を超えたとき

戦争が終わる

 

 

私が

 

家族制度の崩壊と語ってきた意味が

 

ここで繋がります

 

 

ありがとう

 

みなさんの応援があってこその

 

妹尾留衣です

 

 

これからもよろしく!

 

 

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