<わたしの中にあなたがいる、あなたの中にわたしがいる>

 

先に結論から言います

 

  • テレパシーは扱わない。意味づけをしないことが重要です。テレパシーを感じても無視するという意味ではありません。静観です。そのために瞑想訓練をした者にしか、このテレパシーは起こりません。自分を静観できる者にこれが起きてきます。あらゆることに感情を入れず、判断もせず、ただ、見つめることが出来るものにのみ、テレパシーは起こります。それでも、エネルギーには様々な種類がありますから、そういったものを感じた時に、思考をもって意味付けすると、とても面倒なことになります。思考をもたず、ただ静観。これが基本。記憶したり、メモも必要ありません。必要あれば、思い出します。判断をしないこと。ジャッジしないことです。
  • 今この瞬間の波動が未来を作ります。今この瞬間の中から愛せること、感謝できることを見いだしましょう。それが未来を作ります。
  • 嫌な感情が湧いたら、それが魂のナビゲーターです。魂の使命、魂が行きたい方向を指し示してくれている表示板です。嫌な感情を書き出して、それを反対側の言葉に書き換えます。そして、その反対側の心地の良い自分でいるように波動を調整していきます。イメージしたときの心地の良さ、快適さ、それが魂のナビゲーターです。自分が産まれる前にしたかったこと、産まれるまえに決めてきたことは、思考ではなくて、感情をナビゲーションにしていけばいいのです。そこに計画性も脈略もストーリーも意味付けもいりません。宇宙という壮大な愛の中、安心して、自分の心地よさを頼りにそこへ向かってください。(例)私を一番に愛してもらえなかったら嫌だなぁ。→私を一番に愛してくれて嬉しいなぁ。これだけでパラレルは移動できます。
  • (自分の中に相手が存在しているのなら。)相手は自分なので、相手をどうにかしようとせず、まず自分を引き上げましょう。自分を愛し、自分を慈しむことが、相手への愛となります。そして、自分の中にもう1人がいるというこの上ない幸せを感じましょう。
  • この体験を通して、自分と相手と宇宙をどこまでゆるぎなく信頼できているかを試されていきます。確信が現実を創造します。不安定さの中にある絶対的な安心、信頼を見つけていくことになります。

 

※以下はフィクションです。

 

 

ずっと前から何かを探していた

でもそれが何か分からない

 

そのもうひとつが見つからない限りは

永遠に満たされないのかもしれないような

なにかぽっかり胸に穴があいてしまったような

 

そんな感覚を誰もが感じたことがあるだろう

 

※※※

 

ある日

自分の現実とは

違う感情を感じるようになる

 

私はお皿を洗っているというのに

悲しくて悲しくてたまらない

 

私はデパートでとても楽しい気分で買い物をしているというのに

突然胸が痛い

 

まるで別の魂が私の中にあるような

 

そんなことが起こるようになった

 

何かの亡霊に取り憑かれていつのだとしたら

もっと苦しいだろうにもっと重いだろうに

 

この「もうひとつ」は

なんて愛おしいんだろう

 

そんな体験をして

 

まるでブレーカーが落ちるように

 

それが終わった

 

思い出したくても

 

あの愛おしさを

 

思い出せない

 

宇宙のアセンションは未知で

 

私たちの想像をはるかに超えていて

 

幾重にも奇跡が重なりあっていて

 

そんな中で

 

また同じ体験をするとは想いもしなかった

 

※※※

 

まるで呼ばれたようにベランダにでた

 

夜空に一筋の

 

大きな大きな流れ星

 

彗星?

 

映画のワンシーンのように

 

ゆっくりと

 

その星は流れ落ちていった

 

なぜか分からないけれど

 

深い安心と切なさと愛おしさがこみ上げてきた

 

※※※

 

ある日から

 

私の目の奥が悲しい

 

悲しくて悲しくてたまらないけど

 

理由は分からない

 

チャネリングしてもわからない

 

愛してる、愛してるという言葉が何度も聞こえてくる

 

誰に?

 

誰を愛してるの??

 

それも分からない

 

誰かも

 

分からない

 

哀しみはふいに訪れる

 

私の現実とは違うタイミングで

 

様々な手法でこの痛みを癒そうとするが出来ない

 

「わたしではない何か」

 

としか想えないような哀しみ

 

「わたしではないもう1人」がわたしの中にいる

 

でもそれが誰なのか分からない

 

※※※

 

ひさしぶりに宇宙からアクセスがあった

「<その人>を救うのはあなたしかいない」

その言葉も信じていなかった

 

 

8月のある朝

 

<その人>に会ったとき

私の目の奥にあった哀しみを<その人>は持ってた

「わたしはそれ知ってる」と心の奥が叫んだ

 

 

 

 

意識では「そんなはずははい」と想った

 

何の接点もない彼と私が関係あるはずない!

 

でも

 

どうしたって同じだった

 

2年前から感じていた哀しみとこの人のそれは同じだった

 

わたしの中にあったもう1人

 

その人との会話は24時間にも満たないのに

 

それからというもの

 

24時間

 

その人と同じエネルギーを感じるようになった

 

その人が悲しいのか

 

今は落ち着いているのか

 

なぜだか

 

分かるようになった

 

言葉ではない言葉で

 

2人は繋がって

 

常に一緒にいるような

 

24時間一緒にいるような感覚

 

※※※

 

宇宙がなぜ

 

この体験をさせるのか

 

それは誰にも分からない

 

ただ言えることは

 

これはとても奇跡のような体験で

 

宇宙が息をのむほど

 

美しい体験であり

 

全宇宙が応援している

 

とても重要な役割を持っている

 

ということ

 

その個人を覚醒させるだけでなく

 

その個人を取り巻く周囲も覚醒に導くことになるからだ

 

家族を超えるために

 

起きている

 

 

 

※※※

 

縄文時代

 

所有のない時代

 

私たちは「争う」ということがなかった

 

所有がなかった時代に

 

戦いは存在しいなかった

 

戦争は存在しなかった

 

 

「所有」が起きてから

 

不調和が起こり始めた

 

かの天才カウンセラーエリクソンですら

 

すべての精神疾患は「家族」という枠組みを壊すために起きていると

 

語っている

 

家族ではなく

 

すべてとひとつなのだ

 

ということを暗に意味しているのだろう

 

※※※

 

 

<ほんとうの意味で一緒になるというのは…>

 

愛の中にいなさい

次の瞬間のことなど考えないこと

何が起こるかだれもしりやしないし

誰もそれを計画はできない

それに計画というのはすべておかしくなるものなのだ

生はどこまでも未知の自称だ

そして生が核も美しいのはそのためなのだ

次の瞬間はいつも未知の驚きとしてやってくる

それを予測可能なものにしようとしないこと

人類がもっと目覚めたら結婚は消え失せるだろう

人々が一緒にならないというのじゃない

実はそうしてはじめて人々は一緒になるのだ

by.OSHO

 

 

※※※

 

 

わたしのなかにあなたがいて

 

あなたの中にわたしがいる

 

この不思議な体験を通して

 

強烈なまでに真っ白な愛を

 

意思ではコントロール不能な愛を体験し

 

肉体すら

 

存在すら

 

超えて愛するという体験をしていく

 

そこに

 

無垢であり

純粋であり

罪すら犯せるほどに

愛のために生きれた者にだけ

 

見ることが出来る世界がある

 

※※※

 

これほどまでに真っ白な愛に

 

所有はなく

 

存在すらも超える

 

この地球で体験しているのは現実ではない

 

現実をどうこうしても意味がないのはそのためだ

 

私たちの現実は意識が創る

波動が創る

 

このエネルギーの創造

 

宇宙が求めているのは

 

この愛のエネルギーなのだ

 

宇宙は今大きな局面を何度も迎えるために

 

「変更」をよぎなくされている

 

それは時間のある私たちに理解は難しいのだけれど

 

11次元を超えた世界にとっては

 

完璧な調和を持っていて

 

そのような「変更」を体験できるということは

 

とても稀で奇跡的な体験であるということ

 

本来なら、一度死んで体験するようなことを

 

超えて起きている「変更」であるということ

 

ブレーカーが落ちたのは

不幸なのではなく

完璧なまでの調和の中だと

 

そこまでして

 

 

宇宙が望んでいる出逢いであるということ

 

 

その使命を受けた者の多くが

 

純粋に命を生きている者で

 

3次元における法やルールを守る傾向にある

 

そのような者こそが

 

それを超えることを要求される

 

罪すら犯して

 

本気で愛に生きることを試される

 

魂から血を流して

 

生を生ききった者がいなければ

 

家族という制度が崩壊されないからだ

 

それほどまでの衝撃が

 

この世界に必要だから

 

神には出来ないことを、我々人間が授かってこの地上で果たすために、ここにいる

アセンションは神が叶えるのではない。逆だ。人間が叶えるのだ。

 

 

<黒船>

もし、偉大な聖人に出くわすことがあったなら

その人は大いに罪を犯したに違いないことを知るがいい

世の中には二種類の聖人がいる

ひとつは恐怖から聖人らしくしているもの

地獄の恐怖

そうなった場合の結末を恐れて決して罪を犯さなかったもの

そう言う人はほとんど張子の聖人といった方がいい

本物ではない

彼は何一つ達成してやいない

99人のおろかな人達に対して
たった1人の知性的な賢い醒めた人間がいる

その1人というのは人生を生ききった者

それも危なっかしく生きた者

どんな恐れも抱かずにあらゆる方向に踏み込んで行ったもの

そして経験を通じて罪を超越することを学んだ者を言う

彼は罪を犯した
それもトータルに強烈に犯した

だからこそ超越することができたのだ

by.OSHO

 

 

 

<無為とは生きろ!ということ>

規則というのは臆病者のためのものだ

イエスにとって
彼自身の意識こそが
唯一の法だ

彼はそれに従う

それが導いてゆく所ならどこでも

もしそれが地獄に通じていれば彼は地獄へ行くだろう

なぜならばそれが真実を知る道だからだ

彼は彼自身の存在に従う

当たり前の聖人達は無害だ

が、イエスのような聖人は危険だ

反逆的であらゆる規則をやぶる

それこそ在るべき人の生き方だ!

罪人には悟る資格があるでしょうか?とあなたは言う、私はイエスと言おう。

何でも好きなことをするがいい。

もし酒を飲みたかったら飲むがいい。

ただし目を見開いておくこと。

じきにあなたはそんなことが不可能なのに気付くだろう。

酒を飲むとあなたは覚醒を失ってしまう。

そして、覚醒を失ったら、それは単なる罪にすぎなくなる。

イエスはブドウ酒を水に変えたという。

私は水をブドウ酒に変える方法を教えよう

醒めていなさい。

そうすればあなたは大きな奇跡を起こすことになるだろう。

醒めていなさい

そうすれば葡萄酒は水になる

醒めていなさい

そうすればセックスは愛になる

醒めていなさい

そうすれば愛は祈りになる

醒めていなさい

そうすれば祈りは瞑想となる

ただひとつだけ覚えておけばいい

なんでもうやりたいことをやる

ただしそれをぎりぎりいっぱいの意識をもってやること

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

以下、タオの暗号 千賀一生より

 

「あなたの中には聖なる母性も聖なる父性も内在されている。ほんとうはあなたはそうした聖性そのものの存在だ。そして、あなたがそうした存在となって、もう1人の同じような存在に出会う時、それが本来の宇宙が意図している男女の出会いだ。このことを覚えておきなさい。」

 

※ちなみにこの時、外側からではなく、内側から出会いが起こると私は捉えています。

その理由は対(もう1人の同じような存在)であることをお互いに分かりやすく確認するためでもあると…。外側の出会いが先だと内側で出会っていることを確認しにくいですものね。

意識と意識が繋がる(テレパシー)の最初のよちよち歩きを共有する最初の相手とも言えるかもしれません。

自分の内側にもう1人がいることを24時間感じていくでしょう。

やがてその能力が安定していくと言葉のない世界へと進化していけるようになっていきます。

老子のいう「一」なる世界による地球上で最も正当に進歩した社会はここにあるのです。

この社会への進化は1人1人の霊性の向上にかかっています。

 

「意識と意識が通じ合っている彼らは好きという気持ち自体私たちのそれとは違って、それはお互いの共感から生じるものであるために、片方にその意識が生じるきには、相手にも生じていることを彼らは知っている。片思いに苦しむすがたはほとんどめにしたことはなかった。彼らを見ていると最初から出会うべき異性がほんとうにいるのだろうと想われてくる。まるですべてがひとつに統一された生命体の複雑な組織のように、この村の男女関係の全体が完璧なまでも調和を産み出すのは、やはりあの一なる中心に村人たちすべての意識が結ばれているからに違いない。彼らは村の異性すべてと、私たちの妻や夫に対すすそれよりも深い一体感で結ばれているようにさえ想われた。彼らの日常生活はスキンシップで満ちていた。まるですべての人が心の通い合った恋人のようでさえあったが、かといって、他の異性とのスキンシップに嫉妬心が起ころうとおはずがなかった。大道にみたされていた彼らの中には個人的な欲でそれを求める心など起ころうはずがなかった、異性にたいする所有が観念がないことが、逆にこうした自由な一体感を結果としてきずいているに違いない。それは人以外の存在に対しても同様だった。財産の独り占めなどあろうはずがなく、財産という概念自体が彼らにはなかった。彼らの愛のすべてを実現させているものは単なる男女の愛そのものではなく、それらをすべて包括する大きな愛なのであり、その真の愛は個人の性をぬきこえた聖性、グレートタオをえずしてはしょうずることはない。」

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

あなたは愛がなんであるか知りやしない

 

あなたが知っているのは執着だけだ

 

しかもそういう執着をあなたは執着だと想っていない

ことのすべてがおかしくなるのはそのところなのだ

もし執着が執着として認識されれば

それは落ちる

もう一度念をおそう

それは落ちるのだ

けっしてあなたがそれを落とすのではない

 

ただそれが執着であるという事実

執着は束縛だ

束縛の美名にすぎない

執着は愛ではないという事実を目にするだけで

執着というものの醜さを目にするだけで

それは落ちる

そのときに愛が沸き上がる

執着となっていたその同じエネルギーが

執着から解き放たれると

全く違ったエネルギーに変わる

それは愛になるのだ

 

自分がある人に執着しているとき

あるいは、自分が愛していると感じるときには

ちょっと見守ってごらん

あなたは所有を現しているだろうか?

もしそうだとしたら

あなたはその人を殺そうとしているのだ

というのも

所有され得るような人間など1人もいないのだ

所有され得るのはものだけで

人間は無理だ

どうして1人の子供を

亭主を妻をあるいは恋人を所有することができる?

(愛を所有することなどできない)

不可能だ

 

そして、恋人たちはみなこれをやり続けている

かくも衝突がたえないのはそのためなのだ

 

所有を通して嫉妬が現れる

相手が行ってしまうかもしれない

ほかの誰かのところへ走るかもしれないという恐怖だ

彼女はもう自分を愛していないかもしれない

あるいは、彼はほかの女を愛し始めるかもしれない

そうして嫉妬が湧いてくる

嫉妬というのは所有性の影だ

そして、嫉妬が現れると

恐怖が現れる

愛の美しさは一切失われ

事のすべてが一種の病気とかす

 

愛は決して所有したりしない

なぜならば

愛は

愛が全面的な自由においてのみ可能だということを知っているからだ

 

相手が全面的に自由なときに初めて

愛が可能となる

愛とは全面的な自由のもとに起こるハプニングなのだ

相手がいかなる形でも拘束されず

与えることも自由なら

与えないことも自由

全面的に自由であるとき

そのときはじめて、与えることがビューティフルなものとなる

 

by.OSHO

 

  • ※※

 

 

本当の安心は

安定の中にはない

本当の安心・安らぎは

不安定さの中にある信頼だ

<わたしのなかにあなたがいる、あなたのなかにわたしがいる>

この体験を通してそれを知っていく

 

  • ※※

 

 

誰かがやってきて

何も求めず

見返りも何も要求せうに、彼のあるいは彼女の愛をあなたに与えるとき

それは美しい

それはこの世の者ではない

それは非地上的な質をそなえている

それは神聖だ

 

はじめはどの愛も美しい芳香を放つ

ところがあなたがその人を知れば知るほど

巧妙なマインドが駆け引きを編み出し始める

執着は政治

愛は宗教だ

 

ひとりの存在を所有とするのは

スケールは小さいが

政治的なコントロールなのだ

あなたのエゴは増長する

あなたは人殺しをはじめる

 

愛は安定すればするほど死んで行く

何かほかのものが現れる

そうなったらそこにあるのは屍

死んだ思い出だけだ

何か美しいことがあった

恋人達はみなこういう

「何がおかしくなってしまったんだろう」

マインドが入り込んだその瞬間だ

マインドというのは最大の政治家なのだ

 

愛の始まりのとき

マインドは動いていない

あっけにとられている

ハートが動く

地歩が分からずに

つまり相手のことを

正確には誰なのかどんな状態なのか

何者なのか知らずに

どうして操ることができる?

 

始まりは無垢だ

それは純潔だ

 

落ち着けば落ち着くほど

マインドがはいりこむ

そうして愛は執着に、所有欲に

嫉妬に恐怖に化してしまうのだ

なにもかも醜くなっていく

愛が醜くなるとき

それはこの世で一番醜いものとなる

 

頂が高ければ高いほど

谷底までは遠くなる

これが理由で社会思想家たちは結婚制度に落ち着いたのだ

決して愛の一瞥も許さない

なぜならばその一瞥が

必ず比較の対象を作ってしまうからだ

 

結婚とはひとりの人間と

その経験の当初の無垢をともなわずに

一緒に暮らすことをいう

結婚は設定された状況だ

決して谷底に落ちることはない

結婚は安全だ

愛は危ない

私は愛を奨励する

危険を奨励するからだ

生は危険なものだ

死は安全だ

 

 

 

結婚というのは死に似ている

問題など起こりえない

だか問題が起こらないとしてもそれは死だ

それは生きていない

愛に関しては何百万という問題が持ち上がってくるだろう

 

直面し出会い苦しみ成長し

危険な谷間を運んでくる

 

愛しているときには

よくよく油断しないことを心がけておきなさい

愛にはほかの何にも為して油断が禁物だ

もし愛の純粋さをはぐぐみたかったら

心が割り込むのを許さないこと

未知の中を生きなさい

いかなる形であれ未来の安定をはかろうとなどとしてはならない

この瞬間が唯一の瞬間であるべきだ

 

いまここそゆいいつの空間であるべきだ

この瞬間

あなたは愛の中にいる

まったくもってビューティフルだ

愛の中にいなさい

次の瞬間のことなど考えないこと

何が起こるかだれもしりやしないし

誰もそれを計画はできない

それに計画というのはすべておかしくなるものなのだ

生はどこまでも未知の自称だ

そして生が核も美しいのはそのためなのだ

次の瞬間はいつも未知の驚きとしてやってくる

それを予測可能なものにしようとしないこと

人類がもっと目覚めたら結婚は消え失せるだろう

人々が一緒にならないというのじゃない

実はそうしてはじめて人々は一緒になるのだ

 

 

セックス

祈り

瞑想のすべてが同調したとき

 

深いハーモニーのもとに働いたとき

はじめてここにいるということがなんなのか

在るということがなんなのかわかる!

 

それはもっとも高いところにとどき

最も深い所に達する

 

あなたはただ

 

深い感謝から

 

頭をたれる

 

もうどうしていいか分からないからだ

 

それほどの恩恵

それほどの祝福

それほどの恍惚!

どうしたらいい??

 

深い感謝のもと<全体>に頭を垂れる

 

あなたは神人となるのだ

 

 

絶対の感謝

 

深い謝意

 

油断してはならない

 

もし愛が執着になってしまったら

 

あなたはけっして全体において機能することができないからだ

 

 

 

気を引き締めておきなさい

 

愛に絶対の自由を許すのだ

 

それがたとえもしときとしてそれが苦痛であっても

 

それは

苦痛だ

 

がその痛みもまた美しい

 

あなたが自由のために苦しむとき

その苦しみはいい

あなたが束縛のせいで快適だったら

その快適さはよくない

 

地獄はとても心地がいいに違いない

生命など必要ないくらいになにもかもあたえられて

あなたは死んだも同然になってしまう

 

 

エゴをみることができたら

あなたはそれを超越しているのだ

エゴというのは闇の中でしか生きられない

 

エゴを見るというのはとても難しい

それがあまりにも逃げやすく

つかまえることができないからだ

だからして

知識を集めていてはだめだ

自分の無知に目を見張っておきなさい

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

深い深い愛の中で

 

あなたはわたし

 

わたしは

 

あなた

 

https://www.youtube.com/watch?v=z94oQMmqF8s